それから、

どうしようもなく生きていくから。

「悲しい本」という絵本

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愛する人を失った悲しみを
こんなにまっすぐ、繊細に綴った本を
見たことはありませんでした。

かつての自分と同じ

救われようのない感情の中で
どうしようもなく、たった1人きりの

ひたすら、悲壮感に満ち溢れた絵本。


図書館で大人に勧める絵本の紹介本で、一番気になったのもです。


「悲しい本(SAD BOOK)」

あかね書房出版
作:マイケル・ローゼン
訳:谷川俊太郎


そのまま絵本を探して読みました。
最初は後で買おうと思っていたのだけど
実際読んでみると
あまりにも悲しくて、辛くなって
買うのが怖くなりました。


愛する息子を亡くした男の暮らし。
展開なんてありゃしない
あらすじも内容も本当にそれだけ

ただ、ただ

ゆらめく悲しみと暮らす

誰にも責められず

助けてくれる人もなく
慰めてくれる人もなく

誰も男のそばにはいない


生活が悲しみに包まれていて

心からの楽しさや喜びは
思い出の中にしかなくて

記憶の光と
現実の暗闇と



この男の気持ちがすごくよくわかると同時に
救いようがない事もわかって

かける言葉もない
どうすることもできない
冷たくて悲しい感情のかたまりを

たとえ絵本でも
手元に置いておく事が怖くなった。

悲しみと過ごすのは
とても苦しくて、しんどいこと


この男は、きっとそれを選んだ人。



なんか賞もとっていて
評価の高い本みたいです。
素で悲しくなって泣いてしまうので
読み返したいとは思わないけど
ずっと忘れることもないだろう。


大切な人を失った気持ち
口では説明できない感情を

静かに、全力で表現している


大変な絵本との
出会いでした。



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叶わなかったもの

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先週末おおよそ1カ月ぶりに旦那家に行きました。
実母も結婚式の時のお礼も兼ねて、久しぶりにご挨拶したいと一緒に。

私と義母も割と話は弾むけれど
やはり母親同士&年齢が近いとまた、内容も違うな~と
こゆのもたまにはいいなと思いました。



そして義母が義妹の結婚式のスマホ写真を、見せてくれました。

神父のいる教会式
母にしてもらうヴェールダウン
父親と歩くヴァージンロード
フラワーシャワー
キャンドルサービス
ファーストバイト…

旦那と義妹が兄弟だから?
典型的なものを好む傾向があるのかな。

あの時、旦那が願ったもの
私達もしようと思ったもの


普通の、

普通の結婚式。



胸が少し、痛かった。



私は典型的なものには頓着しない方だけど
自分の手から溢れたものは
羨ましく思った。

私が家長と行ったのは
全然違う
和装で、オリジナリティ溢れる
カジュアルな人前式

それはそれで良かったと思う。


死んでしまったお父さんと
ヴァージンロードは歩けない。
旦那とのウェディングドレスを着て
他の人には嫁げない。

これで良かったと
後悔はしていない。



「結婚」という表面は同じだけど

私は旦那と出来なかった結婚の「中身」を

家長とやり直したいわけじゃない。



…だけど

手から溢れてしまった悲しさ
一度夢見てしまった憧れ

そういうのは消化されることはなく
いつまでもお腹の底に残ってる


もういいじゃない
十分だろうって人に言われても
そうだよって笑って答えても

叶わなかったものは
ずっと叶わないまま

私は生きてゆくしかない。


叶えられるのは
旦那だけだから。



いつか、会えたら

旦那に会えたら

その時には、叶うといいな。



はるか遠くになった
そんな夢を抱きながら

今日も一歩


あなたの方へ、歩みを進める。





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ご祈祷ってやつ

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行って来ました。
故人と話をして伝えてくれる
祖先の業や罪のツケを清算してくれる
そのような事だったのですが

結果からいえば、やはり私は信じられない。

お寺の住職さんだったので
仏教から抜け出す事がないのは仕方ないとしても
旦那も父も成仏できていません。と言われ
それは少々納得したものの
住職さんが20秒ほど何か唱えた後
「ハイ、成仏しました」
というあっけらかんとした感じ

旦那の不慮の事故の無念さ
父の抱える事情の悔しさ

このおじさんの一息で
そんなに簡単に解決するものなのか?


先祖一族まるまるのご祈祷も1時間程唱えてくれたのですが
なぜか総理大臣だとか、天皇家だとか
日本と各国との貿易問題、外交問題だとか
はたまた中国やロシアやヨーロッパ各国の人々の健康だとか
日本の雇用問題、少子化問題など
ワールドワイドに呟いていて
私の心が狭いのか
私のお金で支払って祈っているのに、なぜそのような事まで?と
疑問が止まりませんでした。
そしてこんな事を毎度仏様に唱えているのだとしたら
結局この人の祈りは届いてないのが現状ではないかと感じる。

「故人さんは焼き肉を供えて欲しい、それで全て納得すると言ってる」
という言葉すら私は飲み込む事も出来ず。
年相応の男が好きそうなものを言ったのではないかと疑った。
まず、旦那はがぜん肉より魚派、珍しい24歳男でしたからねー・・・


信者というか檀家というか、来ている人もたくさん居たけれど
私としては、なんだかなぁという感じでした。

私と家長の前世、先祖の因縁や災厄は全て断ち切ったと
それならそれで行った意味はあったのか


仏教を否定するつもりはないし
霊も、本当に通じる人もいるのではないかと思う。
けれど今回私が出会った人は、どうも微妙な感じがして
あんまり文句も言いたくないと思いつつ
勉強料としては甚だ高かったし
なんだかなぁという気持ちで帰ってきました。


スピリチュアルな分野

信ずる者は救われる

本当に、その世界なんだろうなぁ。




辛い気持ちと

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辛いとき

自分の気持ちが
理解されていないと思う

自分が
雑な扱いを受けているような
そんな気がする


周りが何も変わらないことも
勝手他所に変わっていくことも

全てが酷いことのように感じる

意味のない存在だと
価値のない人間だと

嫌われていると
排除されようとしていると


実際そうでなくても
そういう風な気持ちになって

消えたくなる
死にたくなる



「そんなことないよ」
「そうじゃないよ」って

言ってもらえるのは嬉しいけど

「本当に?」って

その言葉の証明だとか
責任だとかを求めてしまうから

面倒くさいと思われる

だって
上辺をすくわれた所で
なんの解決にもならないのは
もうよく知ってる

同時に

底の底まで
気持ちを汲み取ってくれる人なんか
本当はいないというのも
実は知ってる

そんな他人はいない

いない…


だから
結局は自分自身で

そっとフタをするか
少しずつ放流していくか

そんな風にするしかないのかな



誰にも認められなくても
世の中がどうだとしても


自分を守る

全力で守る


自分を

裏切らないで
見限らないで
見捨てないで

助けてあげて


自分しかいないから


そういう風にできる人のことを
「強い」って言うんだろうか

そういう状況に
何度出くわしただろうか

大人になるって
人として成長するって
生きていくって

そういう面もあるのだろう




子供の頃のように
転んで大泣きしても
誰も立たせてやくれない

状況はもっと複雑

どうすれば心が楽になるか
自分で糸口を探る


辛い気持ちと

向き合うも
逃げるも


その時の自分のために選ぶことは
間違いじゃないと思う


消えたくなる
死にたくなる

周りの見えない圧で潰される前に

自分を助けられる
自分を大切にする



そんな人になりたい





そしたらきっと

もう少し楽に

今日も生きていけるから。







結婚記念日、6回目。

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今日で旦那と結婚して丸6年が経ちます。
思えば、入籍日の1回だけしか
夫婦として一緒にお祝いできなかったなぁ。

出会って、付き合い始めて丸13年だから
7回はお花をくれたり、一緒にケーキ食べたり
可愛らしく楽しく、幸せに過ごしたなぁ。

ああ、もう来年でひとりが7回目になってしまう。
嫌だなぁ・・・


けれど、一週間程前にふわりと旦那の夢を見ました。
知らない男の人と、どちらが片足立ちを長くできるか勝負している
男ってホント馬鹿だなあって私は笑って
あたりまえに旦那がいる、他愛ない時間だった。

いつぶりかに夢に出て来てくれた旦那。
その夢がきっと、今年の結婚記念日のプレゼントだったんだろうと
私は勝手に思っている。



年月は止められないけど
旦那が大好きだっていう気持ちは
本当にあの頃のまま
不思議なくらい色褪せない。


ここ数年色んな事があった。
特にこの1、2年はノンストップな感じで
嬉しい事もたくさんあって
楽しい思い出もたくさんできて

正直、旦那との思い出が
零れてしまったかもしれない。

私は記憶力が良くないと自負していて
子どもの頃の記憶なんてほとんどない。
だからずっと学生の頃から日記を付けているのだけど
旦那と結婚した頃、社会人になりたての頃だけは
仕事もプライベートも
本当に充実していて、忙しくて、
日記を付ける間なんてなかった。

本当に悔やまれるけど
神様に祝福されたように、薔薇色ってこれのことねって位は
幸せだったのを覚えている。

具体的な思い出が零れてしまったとしても
私は新しい思い出も受けたから
切ない、でも、辛くはない。

記憶力には限界があるかもしれないけど
誰かを想う気持ちには、限界なんてないと思う。
それがたとえ一人でも、二人でも。







今月は旦那家が慌ただしいので、家長と行ったきり
GWも過ぎないとまたお伺いは出来ないのですが

今年は私の心や時間にゆとりがあったので

自宅のお骨と向かい合って
ゆっくり、いろんなこと話しかけながら
もすもすケーキを食べました。


そして今年、今日、初めて旦那に言えました。


「今、私は幸せだよ」と。





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何が知りたいの?

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知り合いの紹介を通じ
とあるお寺でご祈祷してもらうことに。

ご祈祷といっても
いわゆる亡くなった人と話ができるとか
霊との交信というのか
なんか、そういうやつ。

全く信じているわけでもなく
信じていないわけでもなく

でも話を聞いてスルーも出来なかった。


知り合いいわく、そのお坊さんは
人の名前から一族先祖を視て
要は成仏できてない霊とか、訴える霊とかに対応し
当人達に厄災が降りかかるのを避けるとか
そんな事も言っていた。

だから私は自分と家長の親兄弟らの名前を伝えたわけですが

「私の一番気になっているのは前の主人の事なんですけど…」

心配になり聞きました。
一族先祖には今入ってないわけなので。
お坊さんは、名前があれば大丈夫とお返事を頂きました。
ひろく視てみます、と
そして問われた。


「何が知りたいの?」


何が?
回答に困る。


何が…


ずっと抱えてきた

理不尽なもの
答えのないもの
そのまま飲み込んだもの

でも

今になってそれらを
他人に掘り返してもらっても
それで納得がいくような自分じゃないから

ただ

少しでも
霊になった彼が
何か発信しているのだとしたら
それは知りたい。

鵜呑みにしなくても
ある方面からの情報の1つとして。


父も、祖父も、他のご先祖様も
今の私に出来ることがあるのなら。



…と言うことはうまく伝えられず、
「うーん、大丈夫かなーと思って?(苦笑)」
とその時は曖昧な返答をしてしまいました。
しかし電話口のお坊さんは割と若い声で
若干ファンキーな口ぶりだった。
これ大丈夫か…
いや、まさに!って感じがしないのが
逆に詐欺ぽくもないけども…




興味本位な面もある。


私が行くのはこの道で大丈夫かなんて
ダメとか言われてもどうしようもないし
そんな占いとも違うだろうし

何を言われるのか
少し怖い気もする



すがるわけでもなく
祈るわけでもなく



とにかく来週

一度だけ、行ってみます。






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家長と旦那家へ

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入籍して、一度は行った方がいいねと
なんとなくお互い話をしていて。

お正月休みに行けたらと思っていたけど都合が合わず
家長は平日休みで義両親は週末休みで全く合わず
繁忙期が過ぎで、家長にお願いをして
先週末ついに義妹の結婚祝いを持って、家長と旦那家に行きました。



父の法事で一度は顔を合わせていたから
改めてご両親と何かって事はなくて

ただ、旦那の骨壷の前で
家長は手を合わせ

改めて旦那と話をしてくれたように思います。


おやつをご馳走になって
一緒にバラエティー番組をみて
笑ったり、他愛ない話をしたりして

2時間ほどでおいとましましたが、
変な緊張感や違和感もなかったように思います。


「とても優しそうな人達だったね」
と家長は帰りの車の中で言い
「うん、旦那もまさにあの家で育ったーって感じの人だよ」
と私は返し
「また何か機会があれば俺も行こうかな」
家長はそう言ってくれました。


義妹のお祝いは、実母からの分も預かっていたので
後日お義母さんからこんなお礼のメールをもらってこんな感じで返したんだけど
いいかな?と母がみせてくれたメールには

「2人が楽しそうで、仲が良さそうで、安心しました」

と書いてくれていました。
別に心配ばかりされていたわけではないだろうけど
2人で行けて良かったなと思いました。



ひとつ、また何かが近づいたような
丸くなったような
そんな気もして

むなしいような事も多いけど
こういう気持ちを忘れずに

旦那と
旦那家と

上手に

大切に


これからも
付き合っていけたらいいな。





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イイヒト全開

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義妹夫婦の写真撮影が、先月末に行われました。
私は義妹の希望で、こんなのを作りました。





フラワーフォトリースと言って
これを持って写真をとる2人は非常にラブリーでした。
あとお気に入りのぬいぐるみ持ったり。
義妹とは6歳違うくて、ほんと若いなぁと思いました。

撮影は結構ハードで、後で体調崩れましたが
義両親も来てくれて皆が喜んでくれたので良かったです。

私はスタッフ側の立場であるけど
「チョコさん移動、一緒に車乗る?」とお義父さんの車に乗せてもらったり
そういうの嬉しかったです。
さすがに家族写真には入れなかったけど。

着付けに来ていた初見のスタッフさんとかには
「新婦さんと姉妹?」と聞かれて
ハイと嬉しげに言っておけば良かったものを
せめて親戚ですと言おうと思っていたのに
とっさの事で

「では、ない…かな」

と言ってしまった私。
それ以上何も私が言わなかったので
「あ、お友達かな?」と言って去って行ったけど
何とも言えない気持ちになりました。


ずっとお姉さんでいてほしいと
言ってくれた義妹。

でも相変わらず、チョコちゃんとチョコさんが混在して
彼女もまた曖昧に揺らいでいるのだと思う。
私と同じように。



私は結婚式にも呼ばれませんでした。
新郎側の家族や親戚がどこまで知っているかもわからないし
家長家への配慮もあったのかもしれないし
誰かが呼びたくても、誰かが反対すれば無理かもしれない。

色々と仕方ないとわかりつつ

当日私が作ったフォトリース持って行きたいとか
旦那の写真も飾りたいからデータちょうだいとか


私が提供するもの、私自身以外のものは
当日まで呼ばれるのに。

もしもただの友達だったら
ここまで関与してたら、大概呼んでくれるのに。


そういう風に少しいじける自分もいたりして。
これはワガママ駄目だと分かってるけど
少しさみしい。


サブカメラマンとして撮影したデータと
たくさん見るのも辛かったけど、選定した過去の旦那の写真たくさん
義妹に送ってあげて
手作りのフォトリースとフォトプロップスも
当日使ってねと全部あげて


にこにこイイヒト全開で駆け抜ける



私の出番はここまで、と。

旦那家のために力を尽くせたのはもちろん良かったけど
結構体力も精神も疲れたなぁ。


ため息にも似た深呼吸が

生ぬるい宵の嵐に消えてゆく

そんな春の始まりでした。



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おばけカーテン

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おばけ柄のカーテンを買いました。

寝室用で、朝になるとおばけが光って見えます。
遮光率が高い生地に、パンチングで穴が開いてるので、そこから光が漏れるのです。





おばけスキーとしては可愛くて、とっても嬉しいです。
最初見た時から気になっていたけど
まさか家長も乗り気になってくれるとは。
でもユニークだよね。
開発者さんありがとうと言いたい。


うさぎとおばけのモチーフにはどうにも弱いチョコです。




新しいこと

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年の初めに、今年は新しいことを…
と書きましたが

今年はカメラマンに挑戦しようと思います。

相方との仕事やモデルを通して
割とブライダル業界に知り合いができ、声をかけられたのがきっかけで
これもきっと、父や旦那の導きなんだと思う。


相変わらず自己肯定感がちょー低いままで
自信がない、責任がとれない、ちゃんとできるのか、
とにかくそんな不安が大きい。
知らない人と話したりするのも気を抜くと尻込みするし
現時点ではそこまで金銭に困ってないし
「やりたい!」「やらせて下さい!」
という意気込みなんてないまま、

「まぁ、やってみましょう」と
カメラマンに背中を押される形で話が進みました。
では比較的簡単なバイトの撮影を…と
今月研修に入っています。



私は毎日どこでも持っていく程
カメラが好きだった。
大学の時に、写真科の先生には

「君は写真を軸に生きていい。」

そんな事言ってもらえたのを覚えている。


いろんなことあって

世の中全部に裏切られたような
世界から嫌われたような気持ちで

キラキラしたもの
ステキなもの

何も見えなくなって


カメラから手を離した。


そのうち携帯がスマホになって、
写真は撮るように戻っていったけど
相変わらずカメラまでは持たなかった。


それでも、好きだったんだね。


毎日のように持っていたのに
使い方も撮り方もうろ覚えになるほど
遠くまで離れていたのに

研修で久しぶりに触れた一眼レフカメラ

楽しくて。


同じものを撮っても
角度や配置が少し違うだけで
全然仕上がりが良くなることが
面白くて、ワクワクした。


カメラ、好きだったんだなぁ


改めて感じる。
やってる事は簡単じゃなくて
難しくて、焦って、緊張もする
だけど
やり始めたら不安なんて感じる以上に
ただ、上手くなりたいと思う。


好きなものを見つけた時の
ウキウキする気持ち

いつぶりだろう。

自分の中に、そんな気持ちが
残っていて良かった。

そしていつか
「できます」っていう
自信が持てたら…
いいなぁ。



三つの指輪とネイルチップ

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結婚式の写真がだいたい上がってきました。

自宅でうさぎーやトラちゃんと一緒に写りたかったので、
式後に写真をお願いしました。

その時はもう何も気にする事もなく、
旦那との結婚指輪と遺品の指輪もはめてたよね(笑)
三つ巴な私のお手てです。


(52)0.jpg


分裂しちゃってるけど左側上が旦那との結婚指輪、下が旦那のペアリング(遺品)
右側のが家長との結婚指輪です。
今は家長のと遺品を重ねて左手にはめています。

旦那との結婚指輪が、私はお気に入りすぎて
家長との時はもう希望も無く、婚約指輪もいらないし
結婚指輪はシンプルな輪っかでいっかーと思っていたのですが
家長のお母さんからご自身の婚約指輪を贈って頂いたので、せっかくだからと
石だけはめさせてもらいました。

本当は指輪なんて三つも要らなかったのにな
一つで十分だったのにな

手ばっかりピカピカしたって仕方ないけれど
それでも、この三つは生涯大切にしようと思います。



ネイルチップも6年前に旦那との結婚式用に作ったもので
今回の挙式もこれ一つで通しました。

仕上がりの写真を見て、プロデュース会社から花嫁モデルを依頼され
今年30歳になってまさかのモデルデビューを果たしました。
その撮影時にも全てこのネイルチップを使わせて頂いて

当時は多くても2回でお役終了のはずだったのに
大切にとっておいて、結局計6回も写真に残す事ができました。

丁寧には扱ったけどさすがにもうボロボロなので
このお披露目を最後に、お別れしようという事で記事を書いています。


このネイルチップを作りに行った時には、旦那が付いて来てくれて
「俺にはこの色が似合う」なんてふざけながらサンプル合わせていた。
私の肌に合う色をって一緒にベース選んで
その時の挙式テーマに添ってストーンの色も選んで

塗るんじゃなくて、あえてチップを選んで良かった。
白無垢も引き振り袖もカラードレスもウェディングドレスも
何の奇跡か、全部それなりに違和感なくて良かった。



幸せな思い出を、ありがとう。

ありがとう。



猫の縁

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一昨年からおばあちゃんちの近くにいたノラ猫くん
一ヶ月程前に病気になり、家で保護しています。

たまに現れたときに可愛がる程度だったのですが
次第に私を待っているようになり、情が移っていたノラくんです。
元々冬季の仕事が終わる頃には引き取ろうかーという話はあって
でもトラちゃんの交通事故で話が頓挫していたのですが
ノラくんの急速に悪化していく病状を無視して可愛がるわけにもいかず
家長と相談して治療してあげる事になりました。


動物病院で診てもらったところ
成長不良はもちろん、鼻血や口内出血もみられ
肉球は皮剥けだわ、寄生虫は出るわ、牙も折れてるわ・・・
野良猫って思ったよりうんと厳しい世界なんだなと感じました。

それでも元々野良暮らし、家で飼うという事には悩んでいたのですが
治療の途中で免疫不全ウィルスに感染している事が判明してしまいました。
これは人間のエイズと似ていて、免疫力がどんどん破壊されていき
最後は死に至る、ネコ特有の不治の病です。

どの道すぐに死んでしまうのなら、今の病気を治して
元に帰してやろうかとも考えたのですが
人が手をかけ、きちんとケアすれば延命も十分可能だという事を知り
ひきとる事を決意しました。

人間の家の中の全てが彼にとってはおっかなびっくりで
冷蔵庫の開閉音にも、私のお腹が鳴る音にさえも、何事かと辺りを見回しています。
ゆっくり動くのも大変だし、早く慣れてくれたらいいな(苦笑)


仕事期間中にノラくんが猫風邪をひかなければ私は何も気付かなかった。
トラちゃんが生きていれば、感染病の猫はひきとれなかったかもしれない。
これもまた、不思議な縁のように感じました。

あの時放っておいたら恐らく死んでいたから。

どのくらい生きられるか分からないけど
それはどんな生き物も同じ事。

辛いけど、うちで看取ってやろうというような覚悟です。





転生輪廻なんて

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家に帰る時
交通事故
頭部を損傷
外部損傷は少ない
人間年齢でいうと23歳くらい

旦那とトラちゃんの最期は、
似ている気がする。


トラちゃんの死を通して感じたことは

「猫は生まれ変わる」

みたいな事を多くの人が信じていて。

実際猫大好きな家長のお母さんも、
また生まれ変わっておいで。
また会おうね。
そんな言葉をトラちゃんにたくさん声かけていて。

家長が買って来ていたペットロスの本には
前世から深く関わりのある魂達が
共に転生輪廻を繰り返していて

今回は動物の器で、少ししかいられなくとも
あなたに会いに来たのです。

そんな感じの事を書いていて
もしや…と思ってしまった。

それならもっと…!

そんな気持ちも今更のように湧いて

けれどそれは
トラちゃんを通して旦那を思う事になるから
何となくトラちゃんの本質を見ていない気もして
目の前のトラちゃんという存在に失礼なような気がした。

その本のお坊さんの転生輪廻の話を本当に信じるなら
私は出くわす人や動物や虫までも
気になってしまうし
そもそもみんな誰かの生まれ変わりという事で
家長は、うさぎーは、私は一体誰なの?

何が、誰が入っているの?

と頭が混乱してきたのでやめました。
でも転生輪廻って、本当にあるんだろうか?
前世の記憶とかある人もテレビで見た事あるけど…


もしそういうのがあったとしたら

旦那やトラちゃんをかたどった魂は
また
私のすぐ側で

夜に、交通事故に遭うのだろうか
頭部損傷で、絶命するのだろうか

繰り返し繰り返し

私は見送るのだろうか


私はそういう立場の魂なんだろうか



トラちゃんの体を拭いたタオル
お湯で洗うと
血の匂いが湧き上がって

旦那を思い出す

人も動物も、血の匂いは変わらない。





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義妹の結婚式準備

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週末、旦那家にお邪魔すると
旦那のお骨の前に
義妹の結婚式招待状が、置いてあって

泣きそうになりました。


そんな風に、旦那と向き合ってくれるのが
私だけじゃないってことが
すごく嬉しかった

義妹の気持ちに、ありがとうって

今私が言うのは筋違いと思われるかもしれないけど
それでも、心が震えるような
嬉しさと感謝にあふれました。

きっと来てくれる

旦那はきっと、義妹の結婚式にも来るよ。

心からそう信じています。



「旦那の写真、式に持っていこうかなって」
義母もそう言ってくれて嬉しかったけど
そこに参加できない自分が
私の結婚があともう少しだけ遅かったら

旦那の名前の下に、私の名前もあったのかな

って思うと
少し切ない気持ちにもなりました。

でも、私より先に挙式した義兄の結婚式には
海外挙式だったからかもしれないけど
旦那の写真は持って行かれなかったし
もちろん招待状なんてなかったから

私が自分の結婚式で旦那を丁重に扱った事によって
今回の義妹の形あるかなと思うと

先にして良かったなとも思います。


義母がうさぎの可愛いリングピローを作って
居合わせた私も周りにお花をつけるのを任されちゃいました。





私は相変わらずブライダルが好きって事はないけど
経験をもとに、アドバイスしたりアイディア出したりして。
前撮りの準備も、かなりサポート出来ていて。
旦那家と、深く関われてている感じがとても光栄です。


義妹の結婚式が、温かく、とっても素敵なものになりますように!




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いつが最後になってもいいように

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死んでしまったことはとても悲しかったけど
どこか落ちついている自分もいて

それは、こういう突然の別れが
今まで何度かあったからで

どうとはうまくいえないけど、
どういう風にこの悲しい気持ちを
自分の中で扱えば良いのか
もう無情なほど分かっているような気がした。

そして今回は
生活を共にする存在の欠落が
自分の生活の基盤を揺るがすほどのものではないという
奇妙な安心感と

同じ立場で、同じように悲しんでいる人が隣にいて
悲しみにひとり沈むばかりではいられないのだと
孤独でないことの強さがあった。



お義母さんが「今までに見た事がない」という程、家長も泣きました。
彼も今まで散々動物を飼って来たけど
自分が拾ってきて、自分が全て世話してというような
全ての責任を負うのは初めてだったようです。

こういった状況に対して、気持ちの受け止め方がわからないようで
人と動物を全く一緒にはできないけど

死んだらどうなるのか
自分はどうしたらいいのか
何を信じればいいのか

答えのないものを探しあぐねいていて
なんとなく昔の自分を見ているようだった。


結果、私が今まで考えて来た死生観などを伝える機会にもなり

平穏に生きてきたこの人には、元々話すつもりもなく
聞いてくれるとも、理解できるとも思ってなかったのに

これもまた、不思議な感じがしました。


「本当に、突然いなくなってしまう事って起こりうるんだな」

いつが最後になるか分からないんだから、
どう口で言ったってリアリティのない言葉として捉えられていたけど
少し考え方も変わったみたい。



いつが最後になってもいいように

頑張るのは疲れてしまうし
諦めるのは虚しいし

全く後悔がないように、なんて難しいけれど

せめてその時が少しでも易しいものであるように

穏やかに、優しく、

あたたかいようにありたい。





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失われた命

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猫のトラちゃんが死んでしまいました。
こんなド田舎で車にはねられて。




11月にトラちゃんの戻って来たという記事を初めて書いたのですが
実際に里親に出ていたのはそんなに長い期間でもなく、戻って来たのは1年以上も前の事です。
ずっとブログに書かずにおいたのは
事情で飼い猫を手放した友達が、このブログを見たら辛いかなと思っていたから。
あと15年くらいは生きると思っていたので
これくらいの時差なんて何ともないと思っていたから。



その日家長は新年会で、母とうちで一緒に夕食を食べていて
裏のおじいちゃんが夜に訪ねて来て、夜に珍しいなと不思議に思っていたら
猫は家にいるか?
すぐそこで同じ柄の猫が路上で倒れていると言い

まさかと思った。

おじいちゃんにお礼を言って
言われた場所に慌てて駆けつけたら

やっぱりトラちゃんで

体はまだ温かく
けれど息をしていなかった。



鼻や耳から血は出ていたけど
体は歪んだりする事もなくきれいで

血を拭き取り
うつろな瞳を見ながら

冷たくなっていく体を
どうしようもなく温めて

母と家長が帰って来るのを、ただただ待っていました。




私は元々、動物にはこれといって関心がないタイプで
旦那の件でうさぎーは大切に飼い始めたけど
私は動物大好きの家長の家にお世話になるまで、
犬は噛まれて恐いし猫もさして触った事がないような人間でした。

家長の家には、先輩犬が二匹いて、先輩猫が一匹いて
そしてトラちゃんを家長が拾って来て、もちろんうさぎーもいて
否が応でも動物に囲まれた生活。
どうやって猫をテーブルから下ろしたらいいかもわからない
そんな状況からのスタートだったけど

だんだんと、犬や猫にも人間と同じように
声も一匹一匹違っていて、それぞれ性格があって好みがある事を知り
たくさん困らされ、笑わされ、そして助けられてきました。

そのうち先輩猫は家に帰らなくなった。
皆で探したり心配したけど、元々拾われ君だったので
あいつは世渡り上手だから、きっとどこかでまた拾われて
うまくやってるかもしれないねなんて言って。

トラちゃんはおてんばだけど賢い子で。
外に出してもそう遠くへ行かないし
誰かに付いていくこともないし
ずっとうちに居るんだろうと安心していた。

うさぎーは病気したり調子悪かったり
元々の寿命が短い事もあって、日々「長生きするんだよー」って
少しずついつかの覚悟をためている部分もあったけど
トラちゃんについては何の心配もしていなくて


大した交通量もないこんなところで
とりあえずのセンターラインが付いてるだけのような道路で



おととしの春に、
親や兄弟が保健所に連れていかれて
残りも餓死して
後から出て来たたった一匹の生残り。

人間が殺す事を考えている時に
通りがかりの家長がひきとってきた、栄養失調の子猫。


君は幸せにおなり と

ブログに書いてからまだ2年も経っていない。



猫にしても、あまりにも短い命だった。


くっそ広い古い家は、夜ひとりでウロウロするのは正直怖くて
でもトラちゃんはどこでも付いて来るから、何か心強くて
家長が飲み会で遅い日は
一緒に布団で寝ながら待って
すぐめちゃくちゃにするから、家もせっせと片付けられていたし
甘えて来るのはとても可愛くて
呼べばちゃんと来てくれるし、帰った時は出迎えてくれて
何ともなくともいつも近くにいて、私の行動をよく見ていて

生活を共にしていた存在というのは
遠くの親戚なんかよりも、ずっと大きい。


幸せになってほしかったけど
今となれば、私が


もっともっと一緒にいたかった。






トラちゃんを拾った時の記事 ⇨ 救われた命



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都会と田舎と緑と

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相方と大阪梅田に仕事のお勉強に出てきました。

今私が住んでる町は、5階建ての建物すらよく探さないと見当たらないような所
家長もお出かけや旅行は都会を避けたがるので
いつぶりだろうってほどの都会に異空間。
田舎っぺーい。

よくこんな大きなものを作ったなぁとか
どんだけ服を売るつもりなんだとか
可愛いなぁ、お洒落だなぁとキョロキョロしつつ

昔は買い物だって大好きで、楽しくて
知らない場所もどんどん歩いて行けたけど
今は人の多さと、ものの多さに
お金と熱気が渦巻いているようで
めまいがする。

こんなにたくさん溢れているのに
安心できる場所や、本当に欲しいものへと
辿りつけるような気もしなくて。



ビルや地下街やをカツカツ歩く人達と
畑を耕す私の人生とはすごくすごーく違っていて
私はこんな所には住めないし
ここの人たちも多分田舎では暮らせないと
相方とランチをしながら思いました。

それでも学んできたのはこんなナチュラルウェディングの高砂作りです。



やっぱり緑というものは、人の心が求めるものなのかな、なんて。
どこに暮らそうが根本的な所は同じな気がしました。

そしてウェディング業界も変わったなぁと感じます。
相方と今日久しぶりに私と旦那のウェディングの前撮り写真を見て
たった6年前なのに、もう時代の違いを感じました。
女性のヘアメイクで言うとあの頃は眉毛が細かったよね。
こんなにナチュラルとかカジュアルな式なんて
少なくとも地方では考えられもしなかった。




家に帰って

満点の星空の下
澄みきった空気に深呼吸。

選んだのか
願ったのか
それはわからないけど

華やかさも煌びやかさもない
緑で埋め尽くされかけているだけの町が
結局今の私には、一番美しく思えて

私の帰る場所はここなんだなぁと
強く感じました。









三日二十日

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お正月に夢を見ました。
旦那と父の

そこは生死が混在する会社のような所で

2人はそこにいて
面会みたいなものをして

いつでも会えるからと
2人の居るビルの階数をメモして
私は不思議な安堵感を覚えました。
そして、

旦那が私と家長を見ている

これは家長なのか旦那なのかという夢は今までありましたが
はっきりと2人が同時に存在している夢は初めてで
その状況を私は心静かに受け止めている


旦那は少しさみしそうで
それでいて微笑んでくれて

きっと、それが本当。


旦那が死んでしまった当初
毎晩、旦那が死んでしまう悪夢をみた
そんな毎日の最後の夢の中で
私に別れを告げた

悲しそうな旦那と同じ

本物の旦那だったように感じました。




今日はお父さんの命日で
新しい海の家で、母と親戚と拝みました。

海が大好きな父の戒名は、お坊さんの計らいで
「臨海」から始まります。

本当に、海を眺めるようになりましたなぁ。


お坊さんのつぶやきを聞きながら
そっと手を合わせる今日でした。






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神様

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年末にかけて、色々と小さな嫌な事が重なり

世の中から自分が排除されているような感覚

見えない大きな力で、圧をかけられているような息苦しさ

久しぶりに、あの重たい空気を感じました。


誰がわるいってわけじゃなくて
運とか仕方ないとかそんな悪循環が

逆に、神様を感じさせられる。
嫌われているのかな って思ったりする。




今住んでいる古い家には神棚があって
やっぱりそういうのってないがしろには出来ない気持ち。

家を守ってくださいって
大切にすれば、大切にしてくれると
ただ信じて。

この家に住んでから気付いた

神様は本当にいるのかいないのかってことより

神様が見ているから、

悪い事したらダメなんだって
ちゃんとしなくちゃいけないんだって

そういう風に自分を律する所にこそ意味があると。


悪い事が起こると、自分を振返る。

旦那が死んでしまったときも
母は先祖の墓参りに今年は行ってなかったとか
父は俺がカラオケで悲しい歌ばかり歌うからとか
もちろん私も色々考えて

自分のふるまいが原因ではなかったのかと


そう、天罰ってやつ。


だからこそいい人でいなきゃ
って思える余力もなく
誰か何かしました?って逆ギレも通り越えて
燃え尽きた灰が吹き飛ばされてしまうほど
私はこてんぱんにされたのだけれど。

でも結局誰のせいでもなく
誰も責任を負ったりはしない。




大晦日の深夜に、親戚と母と家長と
氏神様の神社に行きました。

お堂に上がって、玉串を捧げ、神様にご挨拶。
バサバサ、シャララララとお祓いもしてもらいました。
こういう儀式は初めてだったけど

なんとなく一年の始まりに
リセットされたような気持ちになった。


その後おみくじがいつぶりかの大吉で
思わず大きな声が出た。




お正月は旦那のお母さんから、そして義妹からも年賀状が届きました。

「是非お二人で遊びに来て下さいね」

という一言がとても嬉しくて
いつか叶うといいなあ。
多分、彼氏の状態ならそんな風には言ってもらえなかったから
再婚した事で次の段階に進めたんだなと実感した。




今年はどんな年になるんだろう。
去年は動乱の一年すぎたけど

未来に対して、不安にまみれながらも
何年ぶりかの少しの期待。

今年は何か
新しいことを始めたい。



かもめと北風

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仕事あがり、海から吹く北風

寒い寒いと身を縮めて歩いていたら

頭の上を無数のかもめが飛びこえていった





強風にあおられて

乱れ舞う姿が

まるで遊んでいるようで



同じ条件下でも

受け側によって状況は全く違うのだと


なんだか呆けてしまった。




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