それから、

どうしようもなく生きていくから。

おばけカーテン

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おばけ柄のカーテンを買いました。

寝室用で、朝になるとおばけが光って見えます。
遮光率が高い生地に、パンチングで穴が開いてるので、そこから光が漏れるのです。





おばけスキーとしては可愛くて、とっても嬉しいです。
最初見た時から気になっていたけど
まさか家長も乗り気になってくれるとは。
でもユニークだよね。
開発者さんありがとうと言いたい。


うさぎとおばけのモチーフにはどうにも弱いチョコです。




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新しいこと

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年の初めに、今年は新しいことを…
と書きましたが

今年はカメラマンに挑戦しようと思います。

相方との仕事やモデルを通して
割とブライダル業界に知り合いができ、声をかけられたのがきっかけで
これもきっと、父や旦那の導きなんだと思う。


相変わらず自己肯定感がちょー低いままで
自信がない、責任がとれない、ちゃんとできるのか、
とにかくそんな不安が大きい。
知らない人と話したりするのも気を抜くと尻込みするし
現時点ではそこまで金銭に困ってないし
「やりたい!」「やらせて下さい!」
という意気込みなんてないまま、

「まぁ、やってみましょう」と
カメラマンに背中を押される形で話が進みました。
では比較的簡単なバイトの撮影を…と
今月研修に入っています。



私は毎日どこでも持っていく程
カメラが好きだった。
大学の時に、写真科の先生には

「君は写真を軸に生きていい。」

そんな事言ってもらえたのを覚えている。


いろんなことあって

世の中全部に裏切られたような
世界から嫌われたような気持ちで

キラキラしたもの
ステキなもの

何も見えなくなって


カメラから手を離した。


そのうち携帯がスマホになって、
写真は撮るように戻っていったけど
相変わらずカメラまでは持たなかった。


それでも、好きだったんだね。


毎日のように持っていたのに
使い方も撮り方もうろ覚えになるほど
遠くまで離れていたのに

研修で久しぶりに触れた一眼レフカメラ

楽しくて。


同じものを撮っても
角度や配置が少し違うだけで
全然仕上がりが良くなることが
面白くて、ワクワクした。


カメラ、好きだったんだなぁ


改めて感じる。
やってる事は簡単じゃなくて
難しくて、焦って、緊張もする
だけど
やり始めたら不安なんて感じる以上に
ただ、上手くなりたいと思う。


好きなものを見つけた時の
ウキウキする気持ち

いつぶりだろう。

自分の中に、そんな気持ちが
残っていて良かった。

そしていつか
「できます」っていう
自信が持てたら…
いいなぁ。



三つの指輪とネイルチップ

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結婚式の写真がだいたい上がってきました。

自宅でうさぎーやトラちゃんと一緒に写りたかったので、
式後に写真をお願いしました。

その時はもう何も気にする事もなく、
旦那との結婚指輪と遺品の指輪もはめてたよね(笑)
三つ巴な私のお手てです。


(52)0.jpg


分裂しちゃってるけど左側上が旦那との結婚指輪、下が旦那のペアリング(遺品)
右側のが家長との結婚指輪です。
今は家長のと遺品を重ねて左手にはめています。

旦那との結婚指輪が、私はお気に入りすぎて
家長との時はもう希望も無く、婚約指輪もいらないし
結婚指輪はシンプルな輪っかでいっかーと思っていたのですが
家長のお母さんからご自身の婚約指輪を贈って頂いたので、せっかくだからと
石だけはめさせてもらいました。

本当は指輪なんて三つも要らなかったのにな
一つで十分だったのにな

手ばっかりピカピカしたって仕方ないけれど
それでも、この三つは生涯大切にしようと思います。



ネイルチップも6年前に旦那との結婚式用に作ったもので
今回の挙式もこれ一つで通しました。

仕上がりの写真を見て、プロデュース会社から花嫁モデルを依頼され
今年30歳になってまさかのモデルデビューを果たしました。
その撮影時にも全てこのネイルチップを使わせて頂いて

当時は多くても2回でお役終了のはずだったのに
大切にとっておいて、結局計6回も写真に残す事ができました。

丁寧には扱ったけどさすがにもうボロボロなので
このお披露目を最後に、お別れしようという事で記事を書いています。


このネイルチップを作りに行った時には、旦那が付いて来てくれて
「俺にはこの色が似合う」なんてふざけながらサンプル合わせていた。
私の肌に合う色をって一緒にベース選んで
その時の挙式テーマに添ってストーンの色も選んで

塗るんじゃなくて、あえてチップを選んで良かった。
白無垢も引き振り袖もカラードレスもウェディングドレスも
何の奇跡か、全部それなりに違和感なくて良かった。



幸せな思い出を、ありがとう。

ありがとう。



猫の縁

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一昨年からおばあちゃんちの近くにいたノラ猫くん
一ヶ月程前に病気になり、家で保護しています。

たまに現れたときに可愛がる程度だったのですが
次第に私を待っているようになり、情が移っていたノラくんです。
元々冬季の仕事が終わる頃には引き取ろうかーという話はあって
でもトラちゃんの交通事故で話が頓挫していたのですが
ノラくんの急速に悪化していく病状を無視して可愛がるわけにもいかず
家長と相談して治療してあげる事になりました。


動物病院で診てもらったところ
成長不良はもちろん、鼻血や口内出血もみられ
肉球は皮剥けだわ、寄生虫は出るわ、牙も折れてるわ・・・
野良猫って思ったよりうんと厳しい世界なんだなと感じました。

それでも元々野良暮らし、家で飼うという事には悩んでいたのですが
治療の途中で免疫不全ウィルスに感染している事が判明してしまいました。
これは人間のエイズと似ていて、免疫力がどんどん破壊されていき
最後は死に至る、ネコ特有の不治の病です。

どの道すぐに死んでしまうのなら、今の病気を治して
元に帰してやろうかとも考えたのですが
人が手をかけ、きちんとケアすれば延命も十分可能だという事を知り
ひきとる事を決意しました。

人間の家の中の全てが彼にとってはおっかなびっくりで
冷蔵庫の開閉音にも、私のお腹が鳴る音にさえも、何事かと辺りを見回しています。
ゆっくり動くのも大変だし、早く慣れてくれたらいいな(苦笑)


仕事期間中にノラくんが猫風邪をひかなければ私は何も気付かなかった。
トラちゃんが生きていれば、感染病の猫はひきとれなかったかもしれない。
これもまた、不思議な縁のように感じました。

あの時放っておいたら恐らく死んでいたから。

どのくらい生きられるか分からないけど
それはどんな生き物も同じ事。

辛いけど、うちで看取ってやろうというような覚悟です。





転生輪廻なんて

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家に帰る時
交通事故
頭部を損傷
外部損傷は少ない
人間年齢でいうと23歳くらい

旦那とトラちゃんの最期は、
似ている気がする。


トラちゃんの死を通して感じたことは

「猫は生まれ変わる」

みたいな事を多くの人が信じていて。

実際猫大好きな家長のお母さんも、
また生まれ変わっておいで。
また会おうね。
そんな言葉をトラちゃんにたくさん声かけていて。

家長が買って来ていたペットロスの本には
前世から深く関わりのある魂達が
共に転生輪廻を繰り返していて

今回は動物の器で、少ししかいられなくとも
あなたに会いに来たのです。

そんな感じの事を書いていて
もしや…と思ってしまった。

それならもっと…!

そんな気持ちも今更のように湧いて

けれどそれは
トラちゃんを通して旦那を思う事になるから
何となくトラちゃんの本質を見ていない気もして
目の前のトラちゃんという存在に失礼なような気がした。

その本のお坊さんの転生輪廻の話を本当に信じるなら
私は出くわす人や動物や虫までも
気になってしまうし
そもそもみんな誰かの生まれ変わりという事で
家長は、うさぎーは、私は一体誰なの?

何が、誰が入っているの?

と頭が混乱してきたのでやめました。
でも転生輪廻って、本当にあるんだろうか?
前世の記憶とかある人もテレビで見た事あるけど…


もしそういうのがあったとしたら

旦那やトラちゃんをかたどった魂は
また
私のすぐ側で

夜に、交通事故に遭うのだろうか
頭部損傷で、絶命するのだろうか

繰り返し繰り返し

私は見送るのだろうか


私はそういう立場の魂なんだろうか



トラちゃんの体を拭いたタオル
お湯で洗うと
血の匂いが湧き上がって

旦那を思い出す

人も動物も、血の匂いは変わらない。





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義妹の結婚式準備

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週末、旦那家にお邪魔すると
旦那のお骨の前に
義妹の結婚式招待状が、置いてあって

泣きそうになりました。


そんな風に、旦那と向き合ってくれるのが
私だけじゃないってことが
すごく嬉しかった

義妹の気持ちに、ありがとうって

今私が言うのは筋違いと思われるかもしれないけど
それでも、心が震えるような
嬉しさと感謝にあふれました。

きっと来てくれる

旦那はきっと、義妹の結婚式にも来るよ。

心からそう信じています。



「旦那の写真、式に持っていこうかなって」
義母もそう言ってくれて嬉しかったけど
そこに参加できない自分が
私の結婚があともう少しだけ遅かったら

旦那の名前の下に、私の名前もあったのかな

って思うと
少し切ない気持ちにもなりました。

でも、私より先に挙式した義兄の結婚式には
海外挙式だったからかもしれないけど
旦那の写真は持って行かれなかったし
もちろん招待状なんてなかったから

私が自分の結婚式で旦那を丁重に扱った事によって
今回の義妹の形あるかなと思うと

先にして良かったなとも思います。


義母がうさぎの可愛いリングピローを作って
居合わせた私も周りにお花をつけるのを任されちゃいました。





私は相変わらずブライダルが好きって事はないけど
経験をもとに、アドバイスしたりアイディア出したりして。
前撮りの準備も、かなりサポート出来ていて。
旦那家と、深く関われてている感じがとても光栄です。


義妹の結婚式が、温かく、とっても素敵なものになりますように!




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いつが最後になってもいいように

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死んでしまったことはとても悲しかったけど
どこか落ちついている自分もいて

それは、こういう突然の別れが
今まで何度かあったからで

どうとはうまくいえないけど、
どういう風にこの悲しい気持ちを
自分の中で扱えば良いのか
もう無情なほど分かっているような気がした。

そして今回は
生活を共にする存在の欠落が
自分の生活の基盤を揺るがすほどのものではないという
奇妙な安心感と

同じ立場で、同じように悲しんでいる人が隣にいて
悲しみにひとり沈むばかりではいられないのだと
孤独でないことの強さがあった。



お義母さんが「今までに見た事がない」という程、家長も泣きました。
彼も今まで散々動物を飼って来たけど
自分が拾ってきて、自分が全て世話してというような
全ての責任を負うのは初めてだったようです。

こういった状況に対して、気持ちの受け止め方がわからないようで
人と動物を全く一緒にはできないけど

死んだらどうなるのか
自分はどうしたらいいのか
何を信じればいいのか

答えのないものを探しあぐねいていて
なんとなく昔の自分を見ているようだった。


結果、私が今まで考えて来た死生観などを伝える機会にもなり

平穏に生きてきたこの人には、元々話すつもりもなく
聞いてくれるとも、理解できるとも思ってなかったのに

これもまた、不思議な感じがしました。


「本当に、突然いなくなってしまう事って起こりうるんだな」

いつが最後になるか分からないんだから、
どう口で言ったってリアリティのない言葉として捉えられていたけど
少し考え方も変わったみたい。



いつが最後になってもいいように

頑張るのは疲れてしまうし
諦めるのは虚しいし

全く後悔がないように、なんて難しいけれど

せめてその時が少しでも易しいものであるように

穏やかに、優しく、

あたたかいようにありたい。





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失われた命

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猫のトラちゃんが死んでしまいました。
こんなド田舎で車にはねられて。




11月にトラちゃんの戻って来たという記事を初めて書いたのですが
実際に里親に出ていたのはそんなに長い期間でもなく、戻って来たのは1年以上も前の事です。
ずっとブログに書かずにおいたのは
事情で飼い猫を手放した友達が、このブログを見たら辛いかなと思っていたから。
あと15年くらいは生きると思っていたので
これくらいの時差なんて何ともないと思っていたから。



その日家長は新年会で、母とうちで一緒に夕食を食べていて
裏のおじいちゃんが夜に訪ねて来て、夜に珍しいなと不思議に思っていたら
猫は家にいるか?
すぐそこで同じ柄の猫が路上で倒れていると言い

まさかと思った。

おじいちゃんにお礼を言って
言われた場所に慌てて駆けつけたら

やっぱりトラちゃんで

体はまだ温かく
けれど息をしていなかった。



鼻や耳から血は出ていたけど
体は歪んだりする事もなくきれいで

血を拭き取り
うつろな瞳を見ながら

冷たくなっていく体を
どうしようもなく温めて

母と家長が帰って来るのを、ただただ待っていました。




私は元々、動物にはこれといって関心がないタイプで
旦那の件でうさぎーは大切に飼い始めたけど
私は動物大好きの家長の家にお世話になるまで、
犬は噛まれて恐いし猫もさして触った事がないような人間でした。

家長の家には、先輩犬が二匹いて、先輩猫が一匹いて
そしてトラちゃんを家長が拾って来て、もちろんうさぎーもいて
否が応でも動物に囲まれた生活。
どうやって猫をテーブルから下ろしたらいいかもわからない
そんな状況からのスタートだったけど

だんだんと、犬や猫にも人間と同じように
声も一匹一匹違っていて、それぞれ性格があって好みがある事を知り
たくさん困らされ、笑わされ、そして助けられてきました。

そのうち先輩猫は家に帰らなくなった。
皆で探したり心配したけど、元々拾われ君だったので
あいつは世渡り上手だから、きっとどこかでまた拾われて
うまくやってるかもしれないねなんて言って。

トラちゃんはおてんばだけど賢い子で。
外に出してもそう遠くへ行かないし
誰かに付いていくこともないし
ずっとうちに居るんだろうと安心していた。

うさぎーは病気したり調子悪かったり
元々の寿命が短い事もあって、日々「長生きするんだよー」って
少しずついつかの覚悟をためている部分もあったけど
トラちゃんについては何の心配もしていなくて


大した交通量もないこんなところで
とりあえずのセンターラインが付いてるだけのような道路で



おととしの春に、
親や兄弟が保健所に連れていかれて
残りも餓死して
後から出て来たたった一匹の生残り。

人間が殺す事を考えている時に
通りがかりの家長がひきとってきた、栄養失調の子猫。


君は幸せにおなり と

ブログに書いてからまだ2年も経っていない。



猫にしても、あまりにも短い命だった。


くっそ広い古い家は、夜ひとりでウロウロするのは正直怖くて
でもトラちゃんはどこでも付いて来るから、何か心強くて
家長が飲み会で遅い日は
一緒に布団で寝ながら待って
すぐめちゃくちゃにするから、家もせっせと片付けられていたし
甘えて来るのはとても可愛くて
呼べばちゃんと来てくれるし、帰った時は出迎えてくれて
何ともなくともいつも近くにいて、私の行動をよく見ていて

生活を共にしていた存在というのは
遠くの親戚なんかよりも、ずっと大きい。


幸せになってほしかったけど
今となれば、私が


もっともっと一緒にいたかった。






トラちゃんを拾った時の記事 ⇨ 救われた命



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都会と田舎と緑と

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相方と大阪梅田に仕事のお勉強に出てきました。

今私が住んでる町は、5階建ての建物すらよく探さないと見当たらないような所
家長もお出かけや旅行は都会を避けたがるので
いつぶりだろうってほどの都会に異空間。
田舎っぺーい。

よくこんな大きなものを作ったなぁとか
どんだけ服を売るつもりなんだとか
可愛いなぁ、お洒落だなぁとキョロキョロしつつ

昔は買い物だって大好きで、楽しくて
知らない場所もどんどん歩いて行けたけど
今は人の多さと、ものの多さに
お金と熱気が渦巻いているようで
めまいがする。

こんなにたくさん溢れているのに
安心できる場所や、本当に欲しいものへと
辿りつけるような気もしなくて。



ビルや地下街やをカツカツ歩く人達と
畑を耕す私の人生とはすごくすごーく違っていて
私はこんな所には住めないし
ここの人たちも多分田舎では暮らせないと
相方とランチをしながら思いました。

それでも学んできたのはこんなナチュラルウェディングの高砂作りです。



やっぱり緑というものは、人の心が求めるものなのかな、なんて。
どこに暮らそうが根本的な所は同じな気がしました。

そしてウェディング業界も変わったなぁと感じます。
相方と今日久しぶりに私と旦那のウェディングの前撮り写真を見て
たった6年前なのに、もう時代の違いを感じました。
女性のヘアメイクで言うとあの頃は眉毛が細かったよね。
こんなにナチュラルとかカジュアルな式なんて
少なくとも地方では考えられもしなかった。




家に帰って

満点の星空の下
澄みきった空気に深呼吸。

選んだのか
願ったのか
それはわからないけど

華やかさも煌びやかさもない
緑で埋め尽くされかけているだけの町が
結局今の私には、一番美しく思えて

私の帰る場所はここなんだなぁと
強く感じました。









三日二十日

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お正月に夢を見ました。
旦那と父の

そこは生死が混在する会社のような所で

2人はそこにいて
面会みたいなものをして

いつでも会えるからと
2人の居るビルの階数をメモして
私は不思議な安堵感を覚えました。
そして、

旦那が私と家長を見ている

これは家長なのか旦那なのかという夢は今までありましたが
はっきりと2人が同時に存在している夢は初めてで
その状況を私は心静かに受け止めている


旦那は少しさみしそうで
それでいて微笑んでくれて

きっと、それが本当。


旦那が死んでしまった当初
毎晩、旦那が死んでしまう悪夢をみた
そんな毎日の最後の夢の中で
私に別れを告げた

悲しそうな旦那と同じ

本物の旦那だったように感じました。




今日はお父さんの命日で
新しい海の家で、母と親戚と拝みました。

海が大好きな父の戒名は、お坊さんの計らいで
「臨海」から始まります。

本当に、海を眺めるようになりましたなぁ。


お坊さんのつぶやきを聞きながら
そっと手を合わせる今日でした。






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神様

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年末にかけて、色々と小さな嫌な事が重なり

世の中から自分が排除されているような感覚

見えない大きな力で、圧をかけられているような息苦しさ

久しぶりに、あの重たい空気を感じました。


誰がわるいってわけじゃなくて
運とか仕方ないとかそんな悪循環が

逆に、神様を感じさせられる。
嫌われているのかな って思ったりする。




今住んでいる古い家には神棚があって
やっぱりそういうのってないがしろには出来ない気持ち。

家を守ってくださいって
大切にすれば、大切にしてくれると
ただ信じて。

この家に住んでから気付いた

神様は本当にいるのかいないのかってことより

神様が見ているから、

悪い事したらダメなんだって
ちゃんとしなくちゃいけないんだって

そういう風に自分を律する所にこそ意味があると。


悪い事が起こると、自分を振返る。

旦那が死んでしまったときも
母は先祖の墓参りに今年は行ってなかったとか
父は俺がカラオケで悲しい歌ばかり歌うからとか
もちろん私も色々考えて

自分のふるまいが原因ではなかったのかと


そう、天罰ってやつ。


だからこそいい人でいなきゃ
って思える余力もなく
誰か何かしました?って逆ギレも通り越えて
燃え尽きた灰が吹き飛ばされてしまうほど
私はこてんぱんにされたのだけれど。

でも結局誰のせいでもなく
誰も責任を負ったりはしない。




大晦日の深夜に、親戚と母と家長と
氏神様の神社に行きました。

お堂に上がって、玉串を捧げ、神様にご挨拶。
バサバサ、シャララララとお祓いもしてもらいました。
こういう儀式は初めてだったけど

なんとなく一年の始まりに
リセットされたような気持ちになった。


その後おみくじがいつぶりかの大吉で
思わず大きな声が出た。




お正月は旦那のお母さんから、そして義妹からも年賀状が届きました。

「是非お二人で遊びに来て下さいね」

という一言がとても嬉しくて
いつか叶うといいなあ。
多分、彼氏の状態ならそんな風には言ってもらえなかったから
再婚した事で次の段階に進めたんだなと実感した。




今年はどんな年になるんだろう。
去年は動乱の一年すぎたけど

未来に対して、不安にまみれながらも
何年ぶりかの少しの期待。

今年は何か
新しいことを始めたい。



かもめと北風

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仕事あがり、海から吹く北風

寒い寒いと身を縮めて歩いていたら

頭の上を無数のかもめが飛びこえていった





強風にあおられて

乱れ舞う姿が

まるで遊んでいるようで



同じ条件下でも

受け側によって状況は全く違うのだと


なんだか呆けてしまった。




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年賀状

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旦那が亡くなってから
父や祖父の喪中も続いて
そして新年を祝う気になれなくて
友達には毎年、代用としてクリスマスカードを送っていました。
今年からはちゃんと年賀状を出そうと思います。

先日旦那の家にお邪魔した時に義妹夫婦がいて
「チョコちゃんの住所教えてー」と言ってくれて、住所交換しました。
結婚したから義妹は改めて私に年賀状を出そうと思ったんだろう。
いいタイミングで来れて良かったー
私が口で言う古民家の住所を、お義母さんもメモしてくれていました。
旦那の家もしばらく年賀状は出してないと言っていたけど
私にもくれるのかなーと、ちょっと楽しみです。




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近く遠く

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今月からおばあちゃんちの手伝いに行き始めました。
去年は見習いの手伝いだったけど、
今年からは戦力としてちゃんと働こうと思います。
週1しか休みが無いので、あっとゆう間に日々が過ぎていく。


そんな中、例の同窓会が行われました。
同窓会といっても、結局7人ぐらいのこじんまりとした集まりで
行くまではとても緊張したのだけど、何だかんだほっこりと楽しめました。

私は小4で転校してきて、環境の変化についていけず
不器用に過ごした子どもだったように思います。
知ってたけど、大人になって初めて言葉を交わすのはまた不思議な感じで。
遠くが近くになったような。

ジャイアンみたいだった男の子らも、立派に成長していて
みんな知らない大人になったんだなー・・・と
なんとなく、近くて遠くに思えたり。


旦那のように、間で事故で亡くなった子もいたし
一家心中に巻き込まれた子もいた、親になって子どもを亡くした子もいた。

小さい町だからそんな事は割とすぐに知られるけれど、そういうのは話題に出なかった。

私も、父が死んだ事は知られていたけど
旦那の事は多分、町内の事じゃなかったからあまり知られていないだろう。
私も誰も、何も言わなかった。

7人中4人が父親を既に亡くしていて、親友や友人も亡くしているから
男の人って早死にする方多いのかな、なんて不思議に思ったりもした。


思い出話は面白かったけど、まだあまり懐かしいとは思わなくて。
あったなーとか、思い出せた事に驚いたりした。
でも私が子どもだった頃は

まだ高速道路もマクドナルドも町にはなくて
インターネットも、パソコンも携帯もなくて

今日見るテレビや、夕ごはんのことや
明日のテスト、グループ分け、ちょっと気になる人のことだとか

子どもなりにあれこれ考えながらも
身の回りだけの小さな出来事で溢れていた
優しい日々の中で暮らしていたこと。

なんとなくその感覚が思い出されて
安心するような気持ちにもなりました。




きっと思い出は、懐かしくなんてならないんだろう。

辛い思い出も含めて、静かに笑って言える時がくるまでは


悲しい事は伏せたまま

酒の肴になる思い出ばかりをつまみ出し

今もまだ、私達は大人になっていく。



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諸手続き

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婚姻届だけ出して、他の名義変更を全くしないまま過ごしてきました。

そろそろ身分証明できないと心配だなーと思って
ようやく警察署と銀行に行きました。


事前に確認した通り、銀行印は旧姓のまま通しました。
此度の窓口の人は旧のハンコをそのまま使えるのを知らなくて
知っていた私がどうも気に食わなかったみたいな様子。
こっちは何も悪いことしてないのに、応対の態度が悪いだけでなく
私への銀行印の確認やキャッシュカードの一切の業務通達さえも怠ったので
ちょっとひどい…と苦情を出したらその晩に支店長が粗品もって家に謝罪に来ました。
わードラマみたい。
でも支店長も謝り慣れた様子というか、私みたいな女が何か言った所で
銀行もその人も何も変わらないんだろうな。

その上何が問題だったのか、キャッシュカードが郵便局から再配達中に
行方不明になり。こんな事ってあるの?

保険証もなかなか時間がかかったりで
度重なり、全然スムーズにいかない。
なんかごちゃごちゃと、まどろっこしくて疲れる。

とりあえず預金通帳の名前の上に引かれた二重線が
目に痛い。
免許証は裏に書いてくれるのになぁ…


労災の方の失権手続きだけは戸籍が変わってすぐ行ったのですが
今度は一時給付金の申請書類が届きました。

書類には事業主のハンコもいるし、何か掘り返すようで気は進まなかった。
できればそっとしておきたかったのですが
放っておける額ではなかったのが正直な話。

ほんと5年ぶりに旦那の会社に電話しました。
あまりはっきりと記憶はないけど、担当者さんも変わってなかった。
死亡時間をはじめ、場所、状況… そんなことが事細かく書かれた書類は
相変わらず読むふりをしている。


会社、ね。

あの日、旦那が
残業をしていなければ
遅くなったと
慌てて家に帰らなければ

事故は起きなかったんじゃないか
死ななかったんじゃないか

そう思った事もあります。

でも事故をしたのは旦那だから
一概に責めることも出来なくて



旦那は仕事が楽しそうだった。

家電の設計開発みたいな
私にはちんぷんかんぷんで興味もわかないような
システム回路の話を、イキイキと説明してくれて

やっとやりたいこと見つけたんだねって

私はそれがただ嬉しくて、話を聞いていたように思う。



あぁ、もう5年以上も前の話になるのか
もう名前も変わっちゃったのか

変わるもの
変わらないもの

全てをがむしゃらに守るだけでは
がんじがらめになるだけだから

きちんと見て、向き合って、選んで
進めていかなきゃいけない。

やらなきゃいけない。

きっとそれは「前向き」な行為
でもそれは相変わらず、ため息が出るような悲しいこと

何も感じないわけじゃない
平気なわけじゃない

ただ、出来るようになったってだけ。





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義妹の旦那に

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「初めまして。名字は変わっちゃったけど、義妹ちゃんのお姉ちゃんです!」

って言っちゃいました。嬉しげに。

相方とのやつ、義妹夫婦との初打ち合わせでした。
私は義妹の旦那と初対面で、その時口からついて出たのですが
姉です!ってここぞと無意識に言いたかったんだろうな。
自分の名前なんて全然言わなかった。まあ知ってるか。

義妹旦那、容姿も控えめそうな感じも確かに旦那と同類だとは思ったけど
でも言う程似てなくてちょっと安心。
あんまり似てたら歯噛みするところだった。


式場の方のプランもあるだろうし、比較して決めてくれたら〜という事で
依頼が本当に来るかはまだわかりませんが
「もし二人がアルバム申し込んだらチョコさん構成ね」と
唐突にカメラマンに言われました。

越えられない壁として、あんなに立ちふさがっていたのに
今「結婚式」に関わっているのが不思議。

思えば「うさぎ」も、特別うさぎが好き!って思った事はなかったのに
なんだかんだ小さい頃から自分の人生にひょこひょこと登場してて。
何か縁があるんだろうなと、振返って思います。
植物や古いものにしてもそんな感じがちょっとする。



縁のありそうなものに乗ると、いい流れができそうな気がする。

「最初は自分の趣味の延長でやってみたかっただけで。
先があるなんて私全く考えてなかったんだけど・・・
これほんとチョコただの巻き添えよね。ごめーん」
と相方は笑いながら言う。

ブライダル業界になんて全く関心なかったし今も特に無いけど
ドレスとか料理とか引出物とかではなく
写真や空間デザインや装花の植物など
何となし自分が得意だったり興味のある方面から、話が進んでいて

レイアウトをはじめ、本当に仕事として
何だかんだブライダル業界に参入していく気配。

「植物に関する仕事をしたかったんだけど、一応それも含まれてるし。
その辺の分野なら抵抗もないから、別にいいよ」
私も笑いながら答えるしかない。

「チョコも乗りかかった船ってやつだね!じゃーLet'sタイタニック☆」
「タイタニック沈没するじゃん!」
なんて、子どもの頃みたいにふざけながら


気がつけば乗っていて、誰が発車したのか

この縁はどこまで行くんだろう。




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お芋の流れ

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裏のおじいちゃんが畑で作業をしていて
挨拶したら、さつまいもあげるから入れ物持っておいでと。
少しでいいですよってあえて小さいザル持っていったのに、ザル壊す気か!





たくさんもらうだけでは申し訳ないので、微力ながら芋掘りのお手伝い。
掘るコツや畑の話をしながら一緒に汗かいて
ああ田舎のご近所付き合いだなーと感じます。

というか、お隣さんも挨拶したら柿くれたし
大根やカブやレタスや葱やと方々たくさんくれます。ありがたい...
ほんと、来年から、何かお返し出来るようなもの作ろう。



先日相方から、団地の同級生でLINEグループを作ってて
チョコの名前も上がってるんだけどどうする?
と連絡が来ました。
どうやら皆30を過ぎて、ついに同窓会が開かれるようです。

私は半端な時期からの転校生だったし、未だに大勢って気が引けるのですが
私の事を覚えてくれてたんだなぁと思うと
ちょっと嬉しくて。
無下にするのは何だか悪い
一度ほぼ全てと連絡を絶った身、新しく友達できないかなぁと
淡い期待を込めてグループに参加することにしました。

集まりに行くかはもう運任せにしようと、参加希望日はあえて一日だけに。
「あ、裏のおじいちゃんがさつまいもくれたので、もってくね」
と伝えると
「芋ーー!焼き芋もしようぜ!じゃあチョコさんが来れるその日で決定です!」
という展開になってしまいました。
恐るべしお芋パワー...

自分の調子が良くなってるこの時期に、お芋パワーも重なるなんて。
時々そういう巡り合わせというか
偶然以上の「縁」のようなものを感じます。


行っておいで と父や旦那が言ってる
のかな?みたいな。


いい流れはいつも二人に感謝。
二人が私の神様です。




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うさぎとねこ

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相変わらず丸っこくて、最近「ほっぺに何が入ってんの?」と聞かれ
「リスじゃねえ」と答えたうさぎー。

しばらくぶりですが、うさぎー元気にしています。
右頬を切り出した分、口角が上がっているのが
正面からだとよくわかります。





でも大方毛も生えたし、ようやく引越し先にも慣れてきた様子です。
なんだかんだと引越しが絶えず、うさぎーにも苦労かけました…

一時期また鼻が酷かったのですが
「自分で治さないとまたうさぎー嫌いな病院いかなきゃなんだよ!」
と言ったら急に走り回って元気アピール
挙句翌日から突然回復しだし
こいつわかってんじゃないか?なんて思ったりしています。


一昨年の春に家長が拾ってきたトラ猫ちゃん。
里親に出ていたのですが、先方の事情があって帰ってきました。
すっかり大人の美人さんです。
うさぎーとトラちゃん時々鼻を合わせて挨拶しているように見えます。
ちょっかい出さないか心配しつつ、また2匹目のファミリーが増えました。





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過去の手紙

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母がついに、海辺の家へ引越しました。
そのうち実家は弟夫婦のものになるので
私の実家の部屋の荷物も一緒にお引越です。

学生の頃からの思い出の物置状態の部屋で
片付けの合間に、少しだけ昔を懐かしむ。

旦那と死別した後、会社を辞める時に色んな人から手紙をもらいました。

かける言葉もないだろうに
皆それぞれの形で言葉を綴ってくれていて
当時は全然心に届きもしなくて

「チョコさんはひとりじゃないよ」

なんてさ。
今は私も分かるしありがたいと思うけど
きっとこの時書いてくれた本人も
こんなの気休めにしかならないって、わかってたんだろうな。


寂しい気持ちは、結局生きている人でしか埋まらない気がします。

現状を何とかしたいって自分で思えるようになって
ちゃんと顔を上げられたら
そして何とかしたいって誰かが本気で
生活を投げ打つくらい全力で思ってくれたら

初めて、自分の居場所をその人の中に見つけられる。


誰も、誰かの代わりにはなれない。

なれないけど

その人だけの居場所や、役割があるから。



「生みの親」「育ての親」「新しいお父さん」「本当のお父さん」
いくら社会的ポジションが同じであろうとも、みんな混ざる事が無いように
私も家長を旦那の代わりだと思った事は一度もありません。
家長は家長として、旦那は旦那として
私の心にとって、必要であり大切な人。

当り前の話。だって別人だもの。

上書きされるとか
忘れちゃうとか
なくなっちゃうとか

そんな事は断じて、ない。

起きた以上の事は起こらない。

大切な気持ちが変わらなければ
それでいいんだから

安心していいよ、と過去の自分に伝えたい。



悲しい手紙はそっと奥の方にしまって
またひとつ、新しい場所へ。


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向き合う

Posted by チョコ on   4 comments   0 trackback

心の余裕がある今のうちに、向き合っておこうと
封印していた記事を読み返しています。
「せめて明るい未亡人になれないか」の頃の
辛くて寂しくて、もがいていた日々。

5年前の文面が何だか若く感じる
がむしゃらな感じもする
毎日泣きながらブログを書いていたあの頃。

絶望に溢れていて、延々と真っ暗で苦しかった。
死別した遺族の方のブログを読むのがとても怖くて
そうじゃないものを、ただただ探していた。


死別のジャンルなんて、本人が元気になって来たら自然と遠のくもの
長年の間の後に「再婚しました!」という報告をする人も見たけど
唐突すぎて、どうしてそうなったのかなって
ぼんやり思うだけで。

誰かの為に、なんておこがましくて言えないし
結局自分も間は空いちゃってるけど
過去の自分のような人がもしいたら
少しでも役に立ちたくて
順々に「せめて」の記事を再び公開しています。




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